ショッカー


 宇宙船文庫「仮面ライダー 変身ヒーローの誕生」(昭和60年7月)。仮面ライダーの神髄、第1話から第13話と、一文字隼人登場の第14話のストーリーガイドと設定資料。ただし、この本の白眉は、平山亨プロデューサーによるオフィシャルストーリー「二人ライダー秘話」。
 電光ライダーキックでトカゲロンをたおした後、本郷猛はどこへ行ったのか?「ショッカーの別計画を追って、ヨーロッパに行きました」と、本編中では一文字隼人の口からサラッと言われるだけです。ヨーロッパに戦いに行ったのは本当なのですが、いま一つ大切な用事があったのでした。緑川博士の娘・ルリ子が自分のことを好きになってきています。これをなんとかしたかったのです。『よわったなあ……わし、改造人間やで。結婚出来へん。あっ、せや!ウィーン大学のカール・ロートリンゲンがルリ子さんのこと好きみたいやった。よっしゃ。あいつとひっつけたろ。日本は、しばらく一文字隼人にやらせたらええやろ』ということだったのです。むしろ、ヨーロッパショッカーとの戦いは『ついで』のようです。
 その一文字隼人と本郷猛は仮面ライダーに改造される前から面識がありました。スコットランドのオートバイレースに本郷が参加したとき、一文字隼人はカメラマンで来ていたのでした。一文字隼人はイギリス生まれ。父親の名前は一文字博行。職業は外交官。それ以上のことは書かれていませんが、ヒトラーの席巻する戦時下のヨーロッパで、大日本帝国の外交官として活動していたということは、ショッカーについて何か知っていた疑いがあります。ショッカーのショの字でも知れば殺されます。もしかすると…ショッカー創設メンバーの一人か?一文字隼人が、外務省の官吏にならず、自由業を選んだ理由も、ショッカーと父の関係を知ったからではないでしょうか?

 庵野秀明さんが特撮エースで、「風小僧」「七色仮面」から始まる東映子供番組の流れの中で、突然変異のように「仮面ライダー」が出てくると語っておられました。偉才庵野監督の感性にも、その登場は異彩異質なものだったようです。技術的に急に洗練されるとも言っておられました。
 そして、大人気になりました。前回「ウルトラマンA」は迷走していたと書きましたが、最大の因子は「仮面ライダー」でした。円谷英二が使っていた東宝の巨大ステージで撮影している「ウルトラマンA」が、農家の倉庫か工事の飯場と言われた東映生田スタジオで作られる「仮面ライダー」に負けたのでは動揺せずにはいられません。「A」の橋本洋二プロデューサーは生田スタジオを見に行っています。TAC隊員をオートバイに乗せたのはあきらかに仮面ライダーの影響です。

 「仮面ライダー」が斬新で革命的な作品であったことは確かなのですが、内容については、やはり東映子供映画の流れを組む忍者対妖怪でした。製作体制はガタガタでも、その基盤においては迷走することなくブレがありません。
 次回から、メインライターの伊上勝さんについて考えてみたいと思います。
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怪獣本・特撮書籍の蒐集。

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