仮面ライダーストロンガー


 つい最近、四天王寺の古物市で手に入れた「テレビマガジン」昭和50年7月号。露店のおっさんが2500円と言うのを、2000円に値切って買いました。カードの切り離しや落書きの無い完本。古書店やオークションなら6000円から10000円の値がつくしろものです。私の買い物上手を誇りたいわけではありません。昔のテレビマガジンが高値で取り引きされるわけは仮面ライダーの第一級資料だからなのですが、果たしてそれだけのものなのでしょうか。戦前の「少年倶楽部」、高度成長期の「少年マガジン」、既に歴史的評価の確定した講談社の子供雑誌の雰囲気と良心を引き継いでいたのが、ある時期のテレビマガジンだったと断じたいのです。
 少年マガジンより早い、昭和29年に創刊された「月刊ぼくら」が「週刊ぼくらマガジン」になり、昭和46年に少年マガジンに吸収された後、同年11月、仮面ライダーを前面に押し出した「テレビマガジン」が創刊されました。創刊号の表紙は2号ライダーがメインで、ムササビードル、スペクトルマン、星飛雄馬、石田国松、バカボン親子。天才バカボンの漫画連載は「ぼくらマガジン」からで、テレビアニメ終了後も掲載され続けました。
     
 それでは、昭和50年7月号を見てみます。仮面ライダーはストロンガー。グラビア特集はストロンガー電気人間の秘密。モノクロ頁の少年仮面ライダー隊新聞には、謎の大幹部Xが日本に送られてくるという情報が載っています。すでにコスチュームは完成していて、胸にGのイニシャルがついているので、ジェネラルシャドーという名前は決定していたことが察せられます。しかし、テレビに登場するまでは仮名だったという歴史的事実こそが、資料として第一級なのです。漫画連載は成井紀郎さん。ウルトラ漫画に内山まもるさんがあるとするなら、ライダー漫画は成井紀郎さんです。バランスの難しいストロンガーがしなやかにかっこよく描かれます。成井さんが描いたストロンガー最終回はテレビに劣らないくらいに感動的なのです。
 テレビマガジンという名目上、芸能ニュースも多少あります。当時の一番人気は西城秀樹だったようで、この人の動向は毎号詳しく伝えられます。読者からのおたよりもあります。西城秀樹さんの新曲「傷だらけのローラ」は女の人の名前を連呼するのが女々しくて不快…といった、少女向け雑誌とはちょっと違う反応です。
 そして、私が少年倶楽部の後継誌がテレビマガジンではないかとする根拠の一つは絵物語が載っていることです。細密なペン画の挿絵が往古の雰囲気を感じさせます。今号にも二本あります。「少年徳川家康」と「死の谷をとんだ男」。「少年徳川家康」というアニメが放送中だったのですが、テレビマガジンの判断はセル画を使わず、南村喬之さんによるペン画で絵物語連載にしました。「死の谷をとんだ男」は実在のスタントマン、イーブル・クニーブルがオートバイで谷を飛んだことを、さも偉業のごとく感動的に語ったものです。
 また「なんでも ものしり大学」は、かつての少年マガジンに大伴昌二さんらが書いておられたような教養(雑学)記事です。今号は海のシーズンにむけて「海のかいき50」。幽霊船とか怪魚とかの豆知識が満載です。ほかの号では、恐竜、宇宙人、超能力、吸血鬼、人食い人種、うんこ等がテーマとして取り上げられました。

 当然ながら、週刊少年マガジンの広告も載っています。タイガーマスク研究会として、あらためて驚いたのは、「愛と誠」と「空手バカ一代」と「紅の挑戦者」が連載されていることです。梶原一騎は三本の作品を同時に進行させていたのかと思ったら、月刊少年マガジンの方にも「空手戦争」が連載されています。凄まじいというか呆れるというか、仕事を想像しただけで疲れるようです。      つづく
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怪獣本・特撮書籍の蒐集。

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