仮面ライダー2号


「宇宙船」Vol.27(昭和60年11月)。仮面ライダーのデザインからコスチュームの変遷までを徹底検証。この時期、宇宙船文庫のレーベルから「仮面ライダー 変身ヒーローの誕生」「仮面ライダー青春アルバム」「仮面ライダー立体資料集」の三冊も出ています。本格的な仮面ライダーの研究と評価はシリーズの空白期、ライダー不在の間に始まったのでした。ずっと、わからなかったことは、旧1号のマスクの色。フィルムの特性や印刷物によって違って見えるのです。実は濃い緑だったのですが、暗くて映りにくいからと現場でパールのスプレーが吹かれたのでした。したがって、正確に再現することは不可能なのです。複眼は、本当は無色にしたかったのですが、当時の透明ポリには夾雑物が混じっていて成形すると微妙なピンクになってしまうのでした。人為を超えた天慮が配された奇跡の意匠が仮面ライダーだったのです。検証し研究するほどに、そうとしか考えられないのです。

 天意にふたたび人意を加えたデザインが仮面ライダー2号です。現在でこそ造型マニアの評価は下がるのですが、日本中に仮面ライダーブームを起こし、社会現象として諸人に認識されたのはこの姿です。上映中の新作映画「仮面ライダー1号」のキャッチフレーズは『原点にして頂点』ですが、頂点と言えるのは一文字隼人仮面ライダー2号です。便宜上2号と書きましたが、本編ドラマ中では「仮面ライダー」としか呼ばれていません。
 放送開始前の藤岡弘の事故で、東映は急遽代役を捜さなくてはならなくなったのですが、その条件は藤岡より知名度のある役者でした。それが佐々木剛だったというのですが、今となっては、このことも当時を知る人の証言を聞かなければわからないことです。
 VHS時代、昭和46年の大映作品「海兵四号生徒」というビデオを見つけて借りました。パッケージはおそらく当時のポスターデザインを流用したものと考えられ、佐々木剛の名前と写真が大きく出ています。ところが、映画が始まっても佐々木は出てきません。兵学校生徒の一人なのだろうと血眼を刮いて探したら、Xライダー速水亮はいました。しかし、一文字隼人がいません。もたもたしているうちに終戦。負けて悔しがるラストシーンにだけ登場するのです。なるほど、特別なスター扱いされていると思いました。そうなのかと思うと、カニバブラーと戦う北海道ロケ編で、出演者とキャストが当地に乗り込むと、宿屋の玄関に「山本リンダ御一行様」と書かれていたという話が残っています。知名度については、藤岡弘<佐々木剛<山本リンダという順だったのでしょうか?
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怪獣本・特撮書籍の蒐集。

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