沢口靖子


 「宇宙船」Vol.23(昭和60年3月)。平山亨さんの連載「私が愛したキャラクターたち」その第5回は「イナズマンF」のガイゼル総統。本名はヨハン・リーベック。第二次世界大戦が始まる前のパリで、不思議な東洋人(後の帝王バンバ)に邂逅し、自分が超能力者であることを自覚したといいます。もうワクワクするではありませんか。
 「高山良策怪獣製作日記」。「ファイヤーマン」の中途半端に恐竜をアレンジした怪獣や、「アイアンキング」後半に出てくるヘニャヘニャな昆虫怪獣も高山さんの仕事でした。怪獣ファンとしては、このことをどう考えてよいのか迷います。
 酒井敏夫さんの「特撮をめぐる人々」は伊福部昭さんへのロングインタビュー。円谷英二との出会いが不思議です。お互い名前も仕事も知らないまま酒呑み友達だったといいいます。「ゴジラ」の打ち合わせで、初めてその人が特撮で高名な円谷英二であることを知りました。名作誕生の裏には、不思議な運命的出会いがあります。アニメ「佐武と市捕物帳」のナレーターが小林昭二だったのが、私には不思議でなりません。後に「仮面ライダー」を世に出す石森章太郎と小林昭二がここで出会っていたのです。

 おたよりコーナーは復活「ゴジラ」の感想大会。概して低い評価がなされています。ナイトシーンなのに、ゴジラの顔に照明が当たっているのはおかしいという技術的な指摘から、沢口靖子がセリフを棒読みという演技論まで。最大の目玉だったサイボットゴジラは顔も体型も悪いと散々です。オフィシャルブック「THE MAKING OF GODZILLA1985」(昭和59年/小学館)ではサイボットゴジラが絶大な効果を上げていたと書かれているのですが、お金をもらって書かれた文章と、お金を払って鑑賞した読者の投書とどちらが信用できるかは言うまでもないでしょう。なお、その本でも、監督の橋本幸二さんが「一番苦労したのは沢口くんの芝居の下手さ」だったと白状しています。
 そのサイボットゴジラと沢口靖子を、私は当時の吹田駅前で見ました。吹田市制何周年かの式典に便乗した映画の宣伝でした。市長が「記念すべきこのよき日に、子供の人気者ゴジラさんも来て下さいました」というような式辞を述べていました。沢口靖子が壇上から「わたしも大阪出身なんです」と挨拶して客をつかもうとしたら、「大阪のどこやー」という声が上がり、沢口が「堺です」と答えると、場の空気が冷めました。吹田の住人にとっては堺は親近感を感じない距離なのです。
 ところが、泉陽高校の沢口靖子といえば、地元堺ではデビュー前から有名な美少女だったのでした。泉陽高校というのは与謝野晶子を輩出した名門女学校です。つきあっていた男がいたそうですが、羨望と注目に耐えきれず逃げるように身を引いたと、そんな話を堺の友達から聞いたことがありました。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ハヌマーン&さとる

Author:ハヌマーン&さとる
怪獣本・特撮書籍の蒐集。

カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログランキング

FC2Blog Ranking