鳥人戦隊ジェットマン

       
「宇宙船Vol.55」(平成3年2月)。新番組「鳥人戦隊ジェットマン」のメインライターに抜擢された井上敏樹さんのインタビューが掲載されています。じつは「特救指令ソルブレイン」の宮内洋インタビューの方が扱われ方は上なのですが、私の好みで今回は「ジェットマン」です。
 まず主題歌が良かった。日本コロムビアの木村裕史ディレクターのお話では「電撃戦隊チェンジマン」以降、どんどん難しくなっていく傾向にあった戦隊シリーズの主題歌を子供でも歌い易い歌詞とメロディーにしたということです。最終的に影山ヒロノブによって歌われるのですが、昔の子供番組のように児童合唱団に歌わせたいという希望もあったそうです。その主題歌とともにミニチュアセットの中を操演のジェットマシンが編隊飛行していきます。この映像が気持ちいいのです。エンディングも「こころはタマゴ」というポンキッキみたいな歌。映像は小田切長官(三輝みき子)が通信販売のカタログみたいな雑誌を開くところから始まるのですが、その素材が「てれびくんデラックス愛蔵版鳥人戦隊ジェットマン」(小学館)の付録についていたのも嬉しい。

 さて、インタビューで井上敏樹さんは、戦隊シリーズのパターンを壊してやると言っています。このことはやはり初の戦隊監督に抜擢された雨宮慶太さんとも意見が一致したそうです。5人そろってロボットに乗るという鋼鉄のフォーマットをどこまで崩せるのか。「ジェットマン」において5人がそろうのは3話。ロボットの登場は6話。必殺武器ファイヤーバズーカの完成は漸く第14話です。その後も掟破りの挑戦は続きます。雨宮監督の作品は「未来忍者」からずっと見てきたのですが「ジェットマン」がベストワーク……と言ったら監督とすれば不本意かも知れませんが、がんじがらめの制約の中でよくぞここまでと本当に感動しました。

 そして、戦隊シリーズ「鳥人戦隊ジェットマン」で、真に重大だったのは井上敏樹によって創造され若松俊秀によって演じられた結城凱でした。自分が何者であるのか何がしたいのかわからず、世間に反発しながら生きています。他人とは違うと思いながら、本当は友達が欲しいというややこしいやつです。しかし、こいつこそ井上敏樹さん本人であり、全てと言ってもよいくらいの大半の男です。私も強く共感した一人です。もてそうで案外もてない結城凱と、もてなさそうでやっぱりもてない自分との外見の差異は大きいのですが、腹の中で考えていることはだいたい同じです。
 他のメンバーは、真面目なリーダー、くいしんぼうのデブ、観念的な深窓の令嬢、類型的な女子高生。結城凱の一人称で見るとき、そいつらから悩みが感じられません。自分の苦悩を理解できない人間は容認できません。それでも、なぜかそいつらといると安堵します。自分がやつらと同レベルで未熟な人間であることには気付かないのです。

 井上敏樹脚本ではないのですが、第11話「危険な遊び」(藤井邦夫脚本・東条昭平監督)で、ジハンキジゲンに人間の本質が表面化するジュースを飲まされます。このとき他の4人は煩悩に翻弄されるのですが、結城凱一人だけが超真面目になってしまいます。結城凱の本質は真面目だったのです。しかし、真面目というのも酸素と同じく適当な濃度を超すと危険です。自殺するのは真面目な人です。共同生活やチームプレイが苦手な人も真面目なのかも知れません。かりに…この世界から戦争、差別、自然破壊を根絶させようと真面目に考えたなら、答えは一つで、ジェットマンになる前の結城凱の科白「人類なんざ滅んじまったほうが、すっきりする」となります。これは特撮ヒーロードラマが内包する矛盾でもあります。人類滅亡が答えなら自分も死ななくてはなりません。

 最終回、ジェットマンの戦いとは関係無く結城凱は死にます。結城凱に自己投影していた者にとっては幸福な結末でした。強烈な自我と戦闘能力を抱えたまま生きていくなら、法治社会では叛逆者になるしかありません。あるいは……自分が何にこだわっていたのかすら思い出せないつまらない大人になるか……いずれにせよ悲劇です。

 若松俊秀が「子供が生まれたので煙草をやめた」と申告したとき、井上敏樹さんは「それでも結城凱か!」と冗談まじりになじられたそうです。井上敏樹さんは変節しない人で、初めて書かれた仮面ライダー「SD」と、年月を経て書かれた仮面ライダー 「THE FIRST」は、ものすごく同じです。
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ハヌマーン&さとる

Author:ハヌマーン&さとる
怪獣本・特撮書籍の蒐集。

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