レインボーマン(アニメ版)


 昭和58年度版テレビヒーロー大百科からスーパーメジャーヒーロー宇宙刑事シャリバンを描いた後で思い直しました。怪獣ハウスに載せるイラストは、陽の当たらなかった者でなくてはならないと。すなわちアニメ版レインボーマンこそ平成最後の年に誰かが思い出して供養してやらねばならなかったのでした。
 アニメ版レインボーマンは失敗作でした。商品展開を考えて巨大ロボットを登場させたことが間違いでした。ロボットで決着をつけるならレインボーマンに変身する理由が半分無くなり、物語の説得力が失われます。なによりも、毎日放送は日曜日の午後に「超時空要塞マクロス」と一緒に放映したのです。視聴者は同系統のロボットアニメとして比較せざるを得ません。一目瞭然と言うより同じ時代の新作アニメとは思えないほどの技術の差がありました。「マクロス」のオープニング。エレベーターで格納庫から甲板に上がってきて、誘導員の指示で飛び立つバルキリーの緻密な作画に心を鷲掴みにされます。バルキリーは合体ロボットではなく一体変型タイプです。当時現役の実機F-14そのままの飛行形態から、ガラッとひっくり返って戦闘ロボットになります。これを完全再現したおもちゃが発売されていました。どうなっているのか知りたくて、私は春休みにアルバイトをして手にいれました。合体方式でもなくパーツの付け替えもなく、しかも、飛行形態とロボット形態どちらもかっこいいという、すばらしいデザイン、すごい設計でした。前回、シャリバンをほめちぎりましたが、グランドバースから変型するバトルバースは不格好でした。戦闘ロボットというより作業機械を意識したといいますが、そういう運用描写は本編中に無かったと思います。同時期、機関車からロボットに一体変型する銀河疾風サスライガーというのがありました。アニメではかっこよかったのですが、おもちゃにしたとき再現しきれずバランスの悪い物になっていて買う気が起こりませんでした。

 初めてアルバイトして買った完全変型バルキリーは、いまもこの写真のような状態で保管しています。では、それ以前に欲しいおもちゃがあったらどうしていたかというと、木を削って自作していました。サテライザー、大空魔竜、マグマライザー、ウルトラホーク1号、ビートル、ウルトリア……。その時点における技術力を傾注して作り上げた自信作ではあったのですが、家を出るときに湮滅しました。これを子孫に見られたら恥ずかしいと思ったのです。
 私の生家に、ものすごく精巧な船の木製模型がありました。作ったのはおばあちゃんの妹の子供で、戦中戦後のある時期、うちに住んでいました。健治郎さんという人で、いとこである父の口からも「けんちゃん」という名前がよく出てきました。もちろん、お会いしたこともあります。高価なプラモデルをお土産に持ってこられました。小学生の頃の写真を見ると、丸顔でかわいくて賢そうな子供です。その人が私と同じ年頃に自作したという船の完成度が圧倒的だったのです。船体も完全に対称で表面も磨き上げられていました。この作品と較べられたら私の作ったものはゴミでしかなかったのです。
 さて……その健治郎さんとは別に、もう一人、おばあちゃんの弟の子供という人もいたらしいのです。この人は出来が悪く寝小便ばかりするので、おばあちゃんに怒られてばかりでした。ひねくれた性格がさらに歪み、家を飛び出しそのまま行方不明になってしまいました。名前も覚えられておらず、おばあちゃんも、弟武一さんの子供だからと「武一の子」という記憶しか残っていません。ある宗教に、その人の生まれ変わりが私だと告げられました。問題児になったのは、その子のたたりだと告げられ、怖くなった母がお祓いをしてもらったという一幕がありました。
 アニメ版レインボーマンの話が、いつのまにか私の前世の話になっていました。
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レインボーマン


 テレビマガジンの話を今年も続けます。今回のお題は「テレビマガジン全ヒーローアルバム」(昭和56年9月号付録)。創刊10周年を記念して作られた付録です。9月号で配布されたアルバムに、同年の9〜11月号までに付いているカラーカードを貼り込んでいくというものです。10年間に掲載された実写、アニメ、漫画が収録されています。おそらく、テレビマガジンの価値に最初に気付いたのは、ほかでもなくテレビマガジン編集部だったのだと思います。購読年齢が限定される雑誌なので、これを10年間読み続けたという人は考えにくいし、10年分が保存されている場所といえば講談社の資料室ということになります。

 まず実写ヒーローを見てみます。仮面ライダーしか無いと言っても過言ではありません。70年代変身ブームの頃、ウルトラ兄弟は小学館の専属だったのですが、他に、キカイダー、ミラーマン、ライオン丸ら良い選手は小学館に持っていかれて、テレビマガジンは流星人間ゾーンとか白獅子仮面みたいな貧乏籤ばかり引いています。アニメロボではゲッターロボとコンバトラーVを逸したのが痛恨。昭和51年創刊の小学館のてれびくんは、ゴレンジャー、ロボコン、コンバトラーで部数を伸ばし、テレビマガジンに仇をなします。
 漫画については、10年の間に水木しげる、手塚治虫、桑田次郎、藤子不二雄といった大先生が執筆されていました。仮面ライダーシリーズの漫画連載は石森プロの人達によって描かれたのですが、アマゾンだけは石森章太郎御大本人の名義です。天才バカボンの作画記銘は赤塚不二夫とフジオプロ。しかし絵柄は赤塚先生のものではありません。漫画家の写真も載っています。「ジャンジャジャ〜ン ボスボロットだい」の真樹村正先生。公衆便所を秘密基地にする性欲の塊のようなボロットの作者は、意外にも端正な貴公子面。
 この付録アルバムが優秀なのは、イラストレーターとその作品にページが割かれていること。テレビマガジンではアニメ作品の図解にセル画を使わずリアルなイラストが描き起こされました。高名な小松崎茂先生にもマジンガーZが依頼されました。

 9月号で人気投票が募集され11月号で発表されます。1位は圧倒的に機動戦士ガンダム、2位が太陽戦隊サンバルカン……そういう時代なのですが、9位にレインボーマン、14位に快傑ズバットが入っています。宇宙船の人気投票でも上位に入った不思議な二作品です。しかも、テレビマガジンは放送当時、ズバットをそれほど大きくあつかっていません。漫画も読切りが一回載っただけ(作画は「超人ロック」で有名な聖悠紀さん)。ズバットを推していたのは、むしろ徳間書店のテレビランドでした。
 レインボーマンの上位ランクインについても謎です。最終掲載時期は昭和48年。昭和56年の選挙に投票されたとしたら、その人は何年間テレビマガジンを読んでいたことになるのでしょうか?小学生とは思われません。なお、レインボーマンの漫画を連載されていたのは、あだち充さんです。
      つづく

かまきり男


「宇宙船」Vol.33(昭和61年11月)。特集「レインボーマン」。仮面ライダーがブームを巻き起こしていた時代に、「月光仮面」の川内康範さんに原作を依頼し、昭和30年代風の変身ヒーローが作られました。製作当事者側の予測はともかく、たとえばテレビマガジン編集部などは疑問をいだいていたようです。ところが、これが大人気番組になったのでした。月火水木金土日の七つのヒーローに一人で変身出来ることが子供にウケたのでしょうか?それも経文を唱えて……。
「アノクタラサンミャクサンボダイ」、漢字では「阿耨多羅三藐三菩提」と書きますが、これはサンスクリット語に漢音をあてはめただけで、いわば万葉仮名のようなものです。意味は正しい悟りを得たということ。変身とは何か?それは悟りをひらくこと。変身ヒーローとは正しい悟りを得た覚者のこと。究極の回答です。
 煩悩私欲を断ち、衆生無邊誓願度、世界の平和と全人類の幸福を願う。この境地に至れば、不安も迷いもありません。しかし、川内康範さんは、それだけではまだ小乗、個人体験を出ないとします。正義を行う力を体得しなければ意味が無いと。また、その力は、改造手術とか強化服などの安易な方法で手に入れてはなりません。山奥で修行して、身体能力を極限まで高め、潜在能力を引き出すのです。そんな凄い男がいるのかというと、川内康範さんは大山倍達を見ていました。日本の娘を強姦しようとする進駐軍の黒人兵や白人兵をやっつける、漫画「空手バカ一代」に描かれるあの場面を、川内康範さんは実際に目撃して心底感激したのでした。強大なアメリカ軍に、たった一人、素手で対抗せんとする快男児。月光仮面のモデルは大山倍達であったことを告白しています。日本のテレビヒーローの原点を月光仮面とするなら、仮面ライダーごっこが嵩じて空手道場に通い始めるというコースも、あながち誤りではないのです。川内康範さんと大山倍達の親交は生涯続きました。

 川内康範さんが、テレビや新聞に急に登場するのは、平成19年、その死の寸前でした。森進一が「おふくろさん」に詞を付け足して歌っていることを知って、作詞者として激怒したと大騒動になりました。森が謝りに行っても川内さんの怒りはおさまりません。著作権とか法律的見地では、川内さんが正しいことは認められたのですが、多くの人は、怒るほどのことかと思いました。“おふくろさん”という語感から京塚昌子のようなものを想像し、あるいは、自分の母親を想定して歌えばよいのではないかくらいに考えました。歌の歌詞にいちいちこだわっていたら人生幸朗になってしまいます(「責任者出てこい!」「なにゆーてんの、このドロガメー!」)のですが、あらためて「おふくろさん」の歌詞を読んでみました。「世の中の傘になれ」とか「世の中に愛を灯せ」とか、このお母さんは息子に抽象的なことを要求しているようですが、実は本気だったのです。世界の平和と正義のために、強く生き、潔く死ねと訓えていたのです。烈女です。息子は月光仮面か大山倍達になるしかありません。森進一自身が、まさかそんな強烈な思想の歌だとは思っていなかったのでしょう。川内康範さん作詞のヒット曲「骨まで愛して」もレトリックではなく、具体的な強要だったのです。
 なお、大山倍達の思想信念は「日本武道の精神こそが世界に平和をもたらす」でした。
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ハヌマーン&さとる

Author:ハヌマーン&さとる
怪獣本・特撮書籍の蒐集。

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