フランケンシュタイン


「円谷英二の映像世界」(昭和58年・実業之日本社)十人の研究者による円谷英二技術論。就中、戦前戦中の円谷特撮を鑑賞評価する際には、当時の機材やフィルムの特性と限界を知識として入れておく必要があります。
 実相寺昭雄監督は円谷英二に伝授されたカメラの選択方について書いています。「一眼レフはフレームばかり気になるけど、パララックスのある方は、カメラマンが中味に集中するから、いいフォローが出来る」映像は、機材によって確実に軽重が問われる。これは実践を重ねなければ理解できない真実でした。
 圖らずも開巻の辞になっている、この実相寺監督の円谷英二讃仰論「夢の王国断章」。声に出して読みたいほどの名文です。映像の鬼才は、同時に一級の文筆家だったのです。専攻はフランス文学でしたが、揮毫を所望されるほどの能筆でもありました。怪獣を創造したものは、無垢な童心ではなく教養ではなかったか?

 先月、上方落語の至宝桂米朝師が亡くなりました。古典落語は言うにおよばず、あらゆる伝統芸能に精通し、珍芸を発掘し、オーケストラの指揮まで執る人でした。小松左京と桂米朝を関西最高の知性と言った人もあります。笑芸を支えるものも、やはり教養です。

 円谷英二にかわいがられた実相寺監督は、その小学校時代の日記を形見に預かりました。毛筆で几帳面に書かれた文面を読んでいるうちに「子供らしさ」がまったく無いことに驚きます。両親の無い円谷英二(本名英一)は学校から帰り農作業に出た後、祖母の営む糀屋を手伝います。深夜になって模型飛行機作りを始めるのですが、趣味ではありません。自分を生かすところは雲の上であると思い定めていました。必ずや、飛行家として國名を上げ皇恩に報いんと。学業成績は十段階評価で全科目9か10。五段階評価ならオール5です。
 実相寺監督は同世代の飯島敏宏監督に、自分達が子供の頃、これほど精神的に自立していただろうかと問いました。飯島監督も驚くのですが、なにも円谷英二だけが特別ではないことに気づきます。あの世代の人達は、ものすごく勉強していて教養という面では、たちうち出来ないと。そして…次の世代の子供を見おろして、もっと幼稚でなさけないと失望します。我々のことを言われています。嘆かれても、鼻水たらして頭をかいているより仕方ありません。

「米朝落語全集」全七巻。古い落語の速記録です。専門的な本ですが、私は大阪ことばの教典として大切にしています。先代刀自は「おいえはん」、当代は「ごりょんさん(御寮人)」。長女は「いとさん」、次女は「なかんさん」、末娘が「こいさん」。女中は「おなごし」です。メイドカフェは、大阪ことばでは「おなごし茶店」になります。
 人間国宝と呼ばれた晩年、芸談をせがまれると、よく終戦直後に流行したヒロポンの話をされました。バカバカしい笑い話として語られるのですが、芸人の猥雑な部分を削除して芸能史が書かれるとしたら、それは、歴史の歪曲改竄であるという遺言です。
 このヒロポンは、戦闘機搭乗員さらには特攻隊員に出撃直前に注射されていたものが、敗戦で民間に出回ったものです。薬屋で買えて違法ではありませんでした。日本の奇跡的な復興にヒロポンは一役買っていたのではないでしょうか?
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ハヌマーン&さとる

Author:ハヌマーン&さとる
怪獣本・特撮書籍の蒐集。

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