ベロクロン


「ウルトラマン大全集Ⅱ」(昭和62年・講談社)「帰ってきたウルトラマン」から「80」までの本。しかしながら「ザウルトラマン」の怪獣は無視されています。あと「80」のザタン星人も載っていません。

 圧巻は橋本洋二プロデューサーと上原正三さんと市川森一さんの鼎談。同窓会の類の座談はだいたい失敗話や笑い話でなごやかに終始するのですが、森一さんが橋本さんに対して昔の恨みを蒸し返して激論になります。テーマの無い脚本は採用しないと持論を曲げない橋本さんに、テーマを主張することが面白いのかと森一さんは反駁します。市川森一さんは「ウルトラマンエース」のメインライターを任されるのですが一話を書いただけで、橋本さんに切られました。
 森一さんは、橋本さんが金城哲夫さんともよく衝突していたことを憶い出します。金城さんは自分が作り上げた円谷プロの作品姿勢を、後から来たTBSのプロデューサーが変えようとすることに我慢がなりませんでした。最後に橋本さんは、沖縄出身なら対馬丸の惨事について書けないかとサジェスチョンを出したのですが「しかし、金城君は書けなかった」…あたかも、脚本家として力が無かったともとれる言い方をしたため、上正さんが畏友金城を弁護します。沖縄の子供はアメリカ軍によって強制的かつ巧妙にアイデンティティーを奪われた事情があると。本土では教えない薩摩による琉球支配の歴史ばかり刷り込み、アメリカ軍の位置は解放軍と認識させたのです。中学卒業と同時に東京に出て来て15年経った金城さんには現実の沖縄はありませんでした。そこを衝かれた金城さんは沖縄へ帰ってやりなおすしかありませんでした。
 森一さんが言います。「あの時代に沖縄へ帰ることは脚本家として死を意味する」。実際、沖縄へ帰った金城さんはアルコール依存症に陥り失意のまま死んでいきます。こころないことを言ってしまったと橋本さんは悔やみ詫びるのですが、森一さんは、また別のことを言います。沖縄に帰って数年後、ひょっこり金城さんが遊びに来たことがあったのです。そのとき、東京に家を建てた上正さんを羨んでいたと言うのです。上正さんには初耳です。だとしたら、金城哲夫は上原正三に負けて死んだことになります。…こんな泥沼のような話しが蜿蜒と続くのです。

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ウルトラマンエース


 星の数より多いウルトラマン本について書いていきたいと思います。ブログテーマが「特撮怪獣本」だったことをすっかり忘れていました。コンビニエンスストアなどで1000円くらいのムック本を見かけて、つい手を出してしまいます。いまどきの本なので写真は奇麗なのですが、内容はスカスカで読むところがありません。毎度毎度桜井浩子のインタビューばっかりです。本棚に入れることもできず、かといって捨てることもできず…仕方がないのでブログでぼやいてやろうとしたのです。そんな中で役に立ったのが「大人のウルトラマン大図鑑第二期ウルトラマンシリーズ編」(マガジンハウス)でした。「帰ってきた」「エース」「タロウ」「レオ」までのシリーズに加えて「ミラーマン」「ジャンボーグA」「ファイヤーマン」が載っています。この選別はまったく正しくて、怪獣改造の変遷などを調べていくときは、ウルトラシリーズだけでなく同時期の円谷プロ作品も見なくてはなりません。
 なによりもこの本の真価は怪獣のデザイン画がカラーで掲載されていることです。第一期の成田亨さんの仕事は画集にまとめられていますが、この時期の作品群には固定されたデザイナーがいなくて、池谷仙克さん、井口昭彦さん他10人くらいの人が描いています。誰の手によるかわからないものがあるという研究報告に慄然とさせられました。そして、米谷佳晃さんデザインのアイアンを描いてみたことが、このブログを始めるきっかけになりました。
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ハヌマーン&さとる

Author:ハヌマーン&さとる
怪獣本・特撮書籍の蒐集。

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