月光仮面


「実相寺昭雄研究読本」のついでに買って併せて読んだのが「宣弘社全仕事」(コスミック出版)。当事者の方から提供された貴重な写真がたくさん掲載された本です。私は、裏表紙にも使われている隠密剣士実演ショーの写真を見て慄然といたしました。詳しいキャプションはついていないのですが、本文から推察するに昭和38年か39年の浅草国際劇場です。劇場正面に「大瀬康一さん江」と書かれた簱が幾本も立っています。そのうちの二本の寄贈者の名前が読めます。「巨人軍王貞治」そして「巨人軍長嶋茂雄」!「隠密剣士」はただの人気子供番組ではなかったのです。「隠密剣士」をめぐってただごとならざる状況が日本に起こっていたのでした。ここで怪訝な気分になったのは、ずっと子供むけ特撮ファンをやってきた私が知らなかったことです。理由はわかっています。「隠密剣士」の後番組が「ウルトラQ」。そして「ウルトラマン」が登場したとき、それまでの子供番組が無価値になってしまった瞬間があったからです。浅草の実演を観覧した人も後世に語ることはなく、記憶からも消してしまったのでしょう。革命や戦争が起こらなくても歴史とはプツプツと途切れるものだと、あらためて思いました。長嶋が巨人に入団する以前の日本の野球事情も想像しにくくなっていますし、プロレスでいえば、力道山の登場で、それ以前に日本にプロレスは無かったことになってしまっています。

 なお「宣弘社全仕事」は、けっして深刻な内容ではなく、いたって気楽な読物でした。テレビ映画事始めの苦労話が、そのまま最高の笑い話になっています。オートバイでのスピンターンがうまくできない月光仮面をみて見物の野次馬の一人が「へただなあ」と言いました。聞きとがめた監督に「やれるのか」と尋ねられ、その場で月光仮面の扮装に着替え見事にやってのけました。野木さんというオートバイ屋の店員でした。以降、月光仮面のスタントをたのまれるようになります。電話なんて無いので、仕事の依頼は電報で届けられます。こういう呑気な話が私は好きです。
 もちろん、当時の現場は呑気ではいられませんでした。毎週のスケジュールは過酷です。制作費は絶望的な安さ。激務のわりに報われない仕事がつづくある夜、スタッフと出演者は、自分たちは何のために「月光仮面」を作っているのかを話し合いました。生活のためとも言えず、映画を創っているという実感もありません。そのときに出た答えは「正義」。正義のために「月光仮面」をやっているのだと。悲愴ながら笑い話として語られるのですが、沖縄にむかう大和のガンルームで学徒出征の予備士官たちが死にゆく理由を討論する場面のようで感動しました。その答えは崇高でまったく正しい。
 こんな思いで作られた「月光仮面」は大人気作品になりますが、視聴率60%に届く絶頂期で打ち切りになります。理由は、月光仮面ごっこをしていた子供が高所から飛び降り骨を折ったことを「週刊新潮」がしつこく書き続け世論誘導したからでした。子供の骨折くらい笑い話にできないのでしょうか。「週刊新潮」がやったことは正義からほど遠いところにあります。
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ハヌマーン&さとる

Author:ハヌマーン&さとる
怪獣本・特撮書籍の蒐集。

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