ビオランテ


「宇宙船」Vol.50(平成元年11月)。G警報緊急発令「ゴジラvsビオランテ」。前作から五年の時を経ての大朗報!いやゴジラが甦って日本国土に上陸するのですから悲報と訂正すべきか。とにかく平成帝の御代にもゴジラが出現しました。さらに危険な新怪獣ビオランテ誕生……怪獣バカは怪獣さえ見ていたらよいってなもんですが、実写映画である以上、出演俳優も気になります。本作の人間側主人公は三田村邦彦と田中好子。なぜこの二人が選ばれたのか?当時、それが一つの疑問でした。江戸時代の飾り職人の秀さんがどうして科学者の役なのか?田中好子はキャンディーズの頃から知っているのでおばさんという印象があり、当時の私には感情移入しにくい対象でした。前作のヒロイン沢口靖子の友達という設定があったようですが十歳くらい離れています。その前作の主人公は田中健だったのですが、その配役を知ったときも、なぜこの人が?という疑問をいだきました。「俺たちの旅」で中村雅俊のたよりない友達の役をやっていましたが、ゴジラに結びつきません。そういえば、前作「ゴジラ」で小林佳樹が演じた総理大臣の名前が三田村でした。そこから三田村邦彦につながったのか、まさか……。ちなみに…すぐ近所に三田村邦彦いきつけの焼き肉屋があります。

 敢えて、こんなことを書いてみます。前号から始まった、満田穧監督の新連載「ウルトラの星を見た男たち」。ウルトラシリーズと円谷作品の製作裏話。必読の内容で今号以降も続くのですが私はこれが読めません。何度がんばっても無理でした。ねちゃねちゃの御飯といおうか糖尿病になりそうなあまったるい文章なのです。
 もちろん「ウルトラセブン」最終回の功労者で、トークショーで証言されるときは快活にお話しされます。日本国民で満田監督の声を聴いたことがないという人はいないはずです。ウルトラホーク発進を指令する管制官の声が満田監督です。
「宇宙船」の連載で毎号熟読していたのは、このブログで何度か紹介した平山亨プロデューサーの「私の愛したキャラクターたち」。歯切れの良い壮快な文章でした。しかし、晩年の平山さんしか知らないのですが、お話されたら滑舌の悪い人でした。歯切れの良い文章といえば、司馬遼太郎ですが、やはり晩年の司馬先生の講演を聴きに行ったら、滑舌が悪く何を仰っているのかわかりませんでした。

「ゴジラvsビオランテ」のラストシーン。三田村邦彦がちょっとした大活躍を見せます。それを評してスーちゃんが「バットマンみたい」と同年の競合正月映画に例えます。この一言で全部が台無しになってしまいました。前回「ロボコップ」は面白くなかったと嘯いた私ですが、ティム・バートン監督の「バットマン」は悔しくなるくらい面白いと感じたのです。以降の「バットマン」映画もハズレがありません。それでも、バットマンが好きとは言えない日本特撮ファンの辛さを誰が知るのか。
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チタノザウルス


 テレビマガジンデラックス2「コレクション ゴジラ大全集」(昭和54年・講談社)古い本なのですが、いまだに色褪せない価値と楽しさが詰まった一冊です。昭和29年の「ゴジラ」から昭和52年の「惑星大戦争」までの宣材、プログラム、チラシ、車内吊り広告など、この本でしか見たことが無い珍品の写真が満載。映画館で入場者に配られた紙工作の複写は厚紙に印刷されて付録にされています。おもちゃ、漫画、レコード等の関連商品も聚められていて、当然「ゴジラさん」もあります。
 ポスターのページが、ありがたくて便利で、重宝してきました。主要スタッフと出演者の名前が大きな文字で載っているので、ペラペラっとめくるだけで「有川さんが特技監督になったのは『ゴジラの息子』からか」とか「水野久美って、意外と出てないな」ということが一目でわかるのです。もちろん怪獣図鑑としても使えます。あと、海外版のポスターはかっこいいものばかりセレクトされています。ほかの本なんかでは、理解できないような変なイラストのポスターを見ることがあります。
 文と構成は酒井敏夫(竹内博)さん。資料ページも充実しています。キングギドラのデザイン画は、出来上がったぬいぐるみより良い!

 なお、テレビマガジンデラックスの1は「ウルトラQ」。これは内容がうすく、まとまりの無い本。折り込み口絵が、なぜか「白猿ハヌマーン&ウルトラ6兄弟」のタイ語ポスター。読めないのですが、どうやら「猿神ハヌマーンと七人のウルトラマン」という題名になっています。ウルトラの母がカウントされているようです。

オール怪獣大進撃


「オール怪獣大進撃」は怪獣場面の演出も本多監督がやっています。昭和44年円谷英二は療養中、有川特技監督は万博映像の仕事にかかりっきりだったのです。本多猪四郎監督については書いておかなくてはならないことがあります。

 東宝の前身P.C.Lに入社後の昭和10年、麻布にあった第一師団歩兵第一聯隊に現役入営。二年兵になった昭和11年2月26日の大雪の日に事件が起こりました。暗殺事件は未遂もふくめて何度もあったのですが、今回は2400人もの部隊を動員した大規模なクーデター。歩一からも栗原中尉に率いられた二個中隊が出て、首相官邸を襲撃します。
 そして、その年の5月に、一聯隊と、やはり蹶起に参加した三聯隊が満州に移されるのですが、この移動を、戦後に本多監督が二.二六事件を起こしたことで一聯隊は東京を追われたという言い方をされたため、関連書やインターネットでもその通りに書かれています。しかし、これは事実に反します。第一師団を満州に進めることは事件の前に決まっていました。昭和10年末から準備のため人員の補充や異動がさかんにおこなわれています。この人事の流動に青年将校達は意志統一や秘密漏洩に苦労するのですが、渡満前になんとしても決行しなくてはならなかったのです。
 クーデターを起こした若い将校達の動機の一つは、東北の農村の救済でした。2月27日、これに同調して山形農民青年同盟が県庁を占拠しようとする騒動が起きました。山形出身の本多さんは、そんな時代の気運に対して無関心でおられたのでしょうか。私はそれが知りたいと思います。

怪獣総進撃


 先週、大阪市で南海トラフに備えての避難訓練が行われました。伊福部昭の作品をアレンジしたという緊急地震警報のチャイムが大阪の空に響きわたりました。ワクワクしました。

 古代出雲の豪族伊福部氏は明治の御代になって所領を追われ、北海道に辿り着きます。大正三年伊福部昭さんはこの北の大地で誕生しました。後の大作曲家昭少年はアイヌの音楽に興味を持ち、アイヌの子供と仲良くなってコタンの奥に入り込みました。長じて、楽壇で頭角を顕わしてからも、アイヌ音楽の権威として着目され、民俗学の服部健博士に随行し、樺太のギリヤークの音楽を採集に行きます。さらに、あの甘粕正彦大尉に招かれ満州へ渡り、現地の民族音楽を調査しました。伊福部さんは満州の大森林の中に立ったとき「故郷に帰ってきた」という感慨をいだいたといいます。
 ここで私は、いつか読んだ一つの異説を重ね合わせてしまいます。満州のツングース族が樺太から北海道に渡り、日本海に沿って本州を南下し、現在の山陰地方に定着し作った国が出雲であるという説です。出雲人は製鉄をするため川を汚すので、下流の住民から「ヤマタノオロチ」などと呼ばれきらわれました。

伊福部昭


「GODZILLA」を観に行った映画館の売店でパンフレットの横に文藝別冊伊福部昭(片山杜秀責任編集/河出書房新社)が置いてあったので、つい買ってしまいました。今年は伊福部昭生誕百年だったそうです。円谷英二生誕百年の年にも河出書房新社から特集別冊が出ています。
 伊福部家の系図は二千年以上さかのぼることができて、始祖は大国主命。代々因幡の宇部神社の宮司でした。出雲国の王大国主命は大和の軍勢に最後まで対抗したのですが、ついに稲佐の浜で屈服します。政治力は譲渡しましたが王朝の血統は存続させる約束だったので、日本は統一国家ではなく本当は帝国なのです。神話の昔の物語だと思っていたら、明治時代に国家神道が流行し、大国主命の裔伊福部氏は思想上不利になってしまいました。迫害に近い仕打ちを受けたようです。おじいさんの代で神社を捨て、後に伊福部昭さんが生まれる北海道まで逃げていきます。

 出雲の国主は天皇陛下でも島根県知事でもなく、出雲大社の宮司千家氏です。しかし、千家氏は出雲人ではなく大和から派遣された国造の子孫。ならば、大国主命の直系はというと、絶えたわけではなく、王位を一子に相伝しながら脈々と続いている…と、そんな話を聞いたことがあります。
プロフィール

ハヌマーン&さとる

Author:ハヌマーン&さとる
怪獣本・特撮書籍の蒐集。

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