ビジンダー


 宇宙船文庫「人造人間キカイダー/キカイダー01」(昭和61年12月)。キカイダーのファンコレは出ていないので、この本が初めての研究資料です。文庫版ですが写真が大きくて造形をやっている人には参考になったと思います。なお、キカイダーには熱心なファンが多いのでマニアックな同人誌は作られていました。私設のキカイダーファンクラブもありました。

 「人造人間キカイダー」も平山亨プロデューサーの企画で伊上勝さんの脚本です。この時期の平山さんプロデュース「仮面ライダー」「超人バロム1」「変身忍者嵐」「ロボット刑事」の脚本は全部伊上さんです。「キカイダー」を途中で抜けるのは「仮面ライダーV3」の準備が始まったからです。ものすごい忙しさの中で古巣宣広社の番組も書いていました。
 宇宙船文庫編では脚本の話を書いていますが、私自身は脚本のことはよくわかりません。それでも、怪人が出てきて、悪いことして、仮面ライダーがやっつけるという話なら誰でも書けそうな気がするのです。平山さんは、なぜ伊上さんにばかり書かせたのか?勘繰るに、これは平山さんのジンクスではなかったか?昔の東映には、この人に惹句を書かせると映画が当たるという人がいました。「背中で泣いてる唐獅子牡丹」「死んでもらいます」と一行書くだけの仕事で、あとは競馬場にいました。その人に芸名をつけてもらうと必ず売れるという占い師のおばはんとかもいます。また、石ノ森先生がほとんど企画に携わっていないのに、原作石ノ森章太郎という看板が掛けられるのも、やはりジンクスの類ではないのか…?

 平山亨さんが脚本家伊上勝に注目したのは、宣広社の「隠密剣士」でした。平山さんはもともと京都で時代劇をやっていた人です。チャンバラがはやらなくなってテレビにまわされたのですが、本当にやりたかったのは時代劇忍者物です。名作「仮面の忍者赤影」は「隠密剣士」の脚本の伊上さんと出演者牧冬吉、天津敏を起用して(あるいは、引き抜いて)作られました。
 「隠密剣士」は当時、絶大な人気を博したと解説されます。昭和37年から40年にかけて、128回、平均視聴率30パーセントという数字、残っている証言、写真から、言葉通り名作であったと受け取ってよいと思います。主役を変えた続編「新隠密剣士」の不調と、その後番組「ウルトラQ」によって子供の価値観が大転換したことで、後年語られることが少なくなったのでしょう。前回、私は「仮面ライダー」より「仮面の忍者赤影」のほうが面白いと書きましたが、その「赤影」よりも「隠密剣士」のほうが上質だったという人も多くいます。たとえば、京本政樹、桂べかこ(南光)といった世代の人々。

 主人公は十一代将軍家斉の異母兄、松平信千代(演・大瀬康一)。剣の奥儀を極め無想の境地に達し、浮世の煩事を離れて生きています。栄達を望まず幕府の役職にも就きません。しかし、政権転覆を企てる闇の組織の蠢動が伝えられると、その剣技を乞われ、徳川家安泰と天下国家のために立ってほしいと促され出ていくのです。そのときに使う別名が隠密剣士秋草新太郎(京本政樹は、「大江戸捜査網」で隠密同心秋草新十郎という役を演じた)。
 幕府の全権を付託された国家的存在なのですが、政治的未来ヴィジョンは語りません。その発言記録を要約するなら「民百姓のくらし安かれ」と。最大公約数2か3くらいの小さい数値です。このささやかな正義の値は、後に続く伊上ヒーロー、仮面ライダー、キカイダーにしてもさほど変動しません。
 正義の味方とはそんなものだろうとタカをくくっていたら、同じ宣広社作品大瀬康一主演でも、月光仮面は日本民族の代弁者のような物の言い方をするのでびっくりします。日本と正義が等号で結ばれる前提に基づいています。脚本の川内康範さんが、徴兵制度で天皇と国民(臣民)が直結していた時代の人だったからだと思います。女子に兵役の義務はありませんでしたが、従軍看護婦などは天皇の名で召集されました。男以上にはりきって出ていったそうです。

 「隠密剣士」について必ず言われることは、忍者ブームを巻き起こし、後に続く忍者のイメージを作り上げたということです。企画の西村俊一さん、制作の野木小四郎さん、殺陣の松宮久武師、そして、牧冬吉。残っている記録資料を調べて、考証の正確をもとめるとともに、自由にイメージを拡げて独特の動き方等も考案しました。雨の日、OLさんが踵の高い靴で軒から軒にわたるとき、腰を落として忍者走りをしますが、あの走法も牧冬吉があみだしたのでござる。
 と、いうことはどういうことか?昭和40年以前の忍者はどんなものだったのか?いや、実際の忍者とはどんなものだったのか?忍者の姿をもとめて日本に来る外人観光客相手に忍者ショーが盛んに行われています。忍者シューズだと言って地下足袋を売りつけたりしています。私はあれを歴史認識の捏造ではないかと心配しております。
 なお、ケニヤのマサイ族が裸になって槍を持つのは観光客の前だけで、実は携帯電話を持っているそうです。
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ショッカー2


 宇宙船文庫「仮面ライダー立体資料集」(昭和61年11月)。仮面ライダーの研究的検証は、シリーズ空白期に始まりました。モデラー達はフィギュアを造ったり、マスクを再現しようとするのですが、まず、旧1号の色が判りません。主題歌では〽緑の仮面~と謳われているのですが、テレビ画面や印刷物では、うすいブルーか濃いグレーに見えます。市販のラッカーに無い色です。
 実は、ダークグリーンに塗られていたのですが、フィルムに写ると真っ黒になるので、その場でプッとパールを吹いたのでした。その分量は当然不明です。目の色が中途ハンパにピンクなのは、本当は透明にしたかったのですが、当時の材質には不純物が混じっていたので、成型して硬化させると計算外の赤味が出てしまったのです。2号からは、ザボンのクリアレッドを塗って真っ赤にしてしまいます。
 その2号の仮面の色も一定しません。最初は緑だったのですが、その塗料が切れたので黒になります。新1号編ではライトグリーンになり、その後も緑になったり黒くなったりしながら、現在はライトグリーンです。

 立体資料集、圧巻は西村祐次さん構成執筆の仮面ライダーおもちゃコレクション。参入したメーカーはタカトク、バンダイ、ヨネザワ、ブルマーク、マスダヤ、タカラ……そして数多の海賊業者。商品数において比肩する番組はありません。仮面ライダーによる当時のバンダイの年間収益は300億円とも500億円とも云われています。昭和47年度の東映の収益も300億円でした。毎日放送と石森プロにも同等の利益が配分されていたものと推測できます。
 立体物ではありませんが、仮面ライダースナックのカードについても言及されています。噂ですが、かっぱあられから社名を変更したカルビーはライダースナックの売上で、北海道に広大なじゃがいも畑を買いました。そこで採れたじゃがいもで作ったサッポロポテトとポテトチップスが、大ヒット商品になります。実はそれまでの日本人は、おやつとしても主食としてもあまりじゃがいもを食べていなかったそうです。

 仮面ライダーが日本人の食習慣を変えたと言えば牽強付会になりますが、この時期、異常な本数の怪獣怪人番組が作られたことの原因は仮面ライダーにあります。安く作ってガッポリ稼げるのが変身番組だと思われたのです。玉石混交であることは論証するまでもありませんが、唯物弁証法量質転換の法則というか、この時代の作品群が現在に続く日本特撮と特撮ファンの資源であり宝物です。

 仮面ライダーの功罪。その罪障も特撮ファンとしては糾弾しておきたいと思います。仮面ライダーが稼ぎ出した100億円とも1000億円とも云われるお金は、いも畑の買収に使われこそすれ、撮影現場に還元されることはありませんでした。製作予算の相場として前例になり、スタッフや俳優の困苦は後々にまで続きます。
 仮面ライダーにおける平山亨さんと伊上勝さんの罪科は、子供番組の程度を下げたことです。日本の子供番組は、実写にしろアニメにしろ、最初から高度なものを指向していました。昭和34年の東映テレビ作品「七色仮面」は、ストーリーにおいて「仮面ライダー」より複雑難解です。「仮面ライダー」の企画書には参考作品として東映動画の「タイガーマスク」が挙げられていますが、核心にあった、人間の成長を描き剰え社会問題を追及せんとした気概は継承されませんでした。
 平山さんと伊上さんには大傑作「仮面の忍者赤影」があります。面白さと完成度において「仮面ライダー」は、これを超えていないと思います。それでも、商品として、具体的な金額で証明されたら、仮面ライダーで採られた手法は正しかったことになるのです。
        つづく

奇岩山の決戦


 宇宙船文庫「仮面ライダー青春アルバム」(昭和61年6月)2号ライダー編からZXまでの本。
 今回のイラストはストロンガー最終回、怪人軍団と大首領の待ち受ける奇岩山に集結した七人の仮面ライダーの図。仮面ライダーシリーズはここで一度区切りがつきます。放送日は昭和50年12月27日。戦後30年の節目の年です。平成も30年で終るそうです。特撮史としては技術には随分と進歩がありましたが、「ゴジラ」「ウルトラマン」「仮面ライダー」を超えるものは出ませんでした。偉大な芸術は民族の悲劇から生まれるという説は特撮にも言えそうです。偉大なる日本特撮を生んだ民族的大悲劇とはもちろん大東亜戦争です。
 平成に悲劇が無かったと言えば、阪神大震災、東日本大震災を忘れるなと返されそうですが、その規模の地震は、サイパンが陥落しB29による爆撃が本格的に始まった昭和19年12月7日に発生していました。東南海地震。マグニチュード7.9、震源は南海トラフ。東北から九州まで体感できる震度でした。被災中心地である愛知、静岡、三重は国内の飛行機工場の半数が集まっています。零戦増産計画は頓挫しました。そして、調査や片づけが終わらない12月18日、同じ地域がB29の大編隊の爆撃を受けました。この地震が忘れられた理由です。さらに、“知られざる”と付けて語られる東南海地震の陰にかくれて、昭和20年1月13日。やはり愛知県でマグニチュード7.1の三河地震が発生しています。もっと記録が乏しく、死者は1000人~2000人だったとされています。

 零戦増産に指定された工場では、空襲警報が発令されても作業を中断して避難することは許されませんでした……。
 東北の震災では、幼稚園の先生の避難指示が不適切で子供が津波にさらわれたと裁判を起こした人がいました。こういう思考パターンからは特撮ヒーローは生まれません。子供の命がお金に換算できる世界に仮面ライダーは共存できないのです。

「仮面ライダー青春アルバム」にも、平山亨プロデューサーによるオフィシャルストーリーが書き下ろされています。「FBI特命捜査官・滝和也」。アメリカ南部オクラホマで日系三世として生まれ、差別に抗うためにケンカとバイクにのめりこんだ少年時代。世界を旅してベトナムで拳法家ジン・ルンに弟子入り。戦争に巻き込まれるのですが、はからずもベトナム側についてアメリカ軍と戦ったために、帰国してからFBIに逮捕されました。ところが、端倪すべからざる腕前に着目したフーバー長官にスカウトされたのでした。
 …一つ疑問がわきます。こんな面白いストーリーを考えることが出来るなら、伊上勝さんにばかり脚本を書かせずに自分で書いたらよかったのではないでしょうか?これから、しばらくは伊上勝という脚本家について考えてみようと思っているのですが、結末から先に書きますと、平山さんに絞り取られて捨てられた人です。アイデアがまったく出てこなくなり、酒飲んで布団かぶって泣くばかりの夜の果てに、若死にしてしまったと伝えられます。
 かといって真面目で気の弱い人ではなく、むしろ不真面目で豪快な人だったようです。子供番組専門の作家でありながら息子(井上敏樹さん)には良いお父さんではありませんでした。本郷猛にしろ風見志郎にしろ女には見向きもしない硬骨漢ですが、御本人は逆でした。敏樹さんが書いた「仮面ライダー牙」のちゃらちゃらした父親・紅音也のモデルが伊上勝さんだとも言われています。

 さて、脚本家伊上勝のデビュー作は昭和34年の「遊星王子」。広告代理店宣広社の制作で、伊上さんは社員でした。部下だったか後輩に、阿久悠さんがいたことは知られています。阿久さんといえば、その世代の女子にはピンクレディーの人かもしれませんが、円谷皐さんと仲が良くて「ウルトラマンタロウ」からのシリーズの主題歌も書いています。
「遊星王子」は「月光仮面」の後番組かと思っていたら、別枠の作品で、宣広社としては同時進行で作られていました。「月光仮面」だけでも時間が無くて大変だったと聞いているのでよく出来たなと思います。

 遊星王子は宇宙人で、人間の姿で生活しています。新聞社の前で靴磨きをしていて、知り合いの記者からもらう新聞紙が情報源です。その守備範囲は広く、宇宙ロボットと戦うこともあれば、野球賭博にも首をつっこみます。
 驚くべき男なのですが、このヒーローについて当時の子供の評価を聞いたことがありません。今後も評価の上がることの無さそうな作品だと思いますが、伊上さんには思い入れがあったようです。唯一のウルトラ脚本である帰ってきたウルトラマン49話「宇宙戦士その名はMAT」に遊星王子を演じた村上不二夫をゲスト出演させています。
    つづく

ショッカー


 宇宙船文庫「仮面ライダー 変身ヒーローの誕生」(昭和60年7月)。仮面ライダーの神髄、第1話から第13話と、一文字隼人登場の第14話のストーリーガイドと設定資料。ただし、この本の白眉は、平山亨プロデューサーによるオフィシャルストーリー「二人ライダー秘話」。
 電光ライダーキックでトカゲロンをたおした後、本郷猛はどこへ行ったのか?「ショッカーの別計画を追って、ヨーロッパに行きました」と、本編中では一文字隼人の口からサラッと言われるだけです。ヨーロッパに戦いに行ったのは本当なのですが、いま一つ大切な用事があったのでした。緑川博士の娘・ルリ子が自分のことを好きになってきています。これをなんとかしたかったのです。『よわったなあ……わし、改造人間やで。結婚出来へん。あっ、せや!ウィーン大学のカール・ロートリンゲンがルリ子さんのこと好きみたいやった。よっしゃ。あいつとひっつけたろ。日本は、しばらく一文字隼人にやらせたらええやろ』ということだったのです。むしろ、ヨーロッパショッカーとの戦いは『ついで』のようです。
 その一文字隼人と本郷猛は仮面ライダーに改造される前から面識がありました。スコットランドのオートバイレースに本郷が参加したとき、一文字隼人はカメラマンで来ていたのでした。一文字隼人はイギリス生まれ。父親の名前は一文字博行。職業は外交官。それ以上のことは書かれていませんが、ヒトラーの席巻する戦時下のヨーロッパで、大日本帝国の外交官として活動していたということは、ショッカーについて何か知っていた疑いがあります。ショッカーのショの字でも知れば殺されます。もしかすると…ショッカー創設メンバーの一人か?一文字隼人が、外務省の官吏にならず、自由業を選んだ理由も、ショッカーと父の関係を知ったからではないでしょうか?

 庵野秀明さんが特撮エースで、「風小僧」「七色仮面」から始まる東映子供番組の流れの中で、突然変異のように「仮面ライダー」が出てくると語っておられました。偉才庵野監督の感性にも、その登場は異彩異質なものだったようです。技術的に急に洗練されるとも言っておられました。
 そして、大人気になりました。前回「ウルトラマンA」は迷走していたと書きましたが、最大の因子は「仮面ライダー」でした。円谷英二が使っていた東宝の巨大ステージで撮影している「ウルトラマンA」が、農家の倉庫か工事の飯場と言われた東映生田スタジオで作られる「仮面ライダー」に負けたのでは動揺せずにはいられません。「A」の橋本洋二プロデューサーは生田スタジオを見に行っています。TAC隊員をオートバイに乗せたのはあきらかに仮面ライダーの影響です。

 「仮面ライダー」が斬新で革命的な作品であったことは確かなのですが、内容については、やはり東映子供映画の流れを組む忍者対妖怪でした。製作体制はガタガタでも、その基盤においては迷走することなくブレがありません。
 次回から、メインライターの伊上勝さんについて考えてみたいと思います。

美川隊員


 宇宙船文庫「ウルトラマンA超獣事典」(昭和61年3月)。いま、CSファミリー劇場で「ウルトラマンA HDリマスター版」を放映中ですが、古い友達からメールが来て『美川隊員は子供の頃おばちゃんに見えたけど、いま見たらものすごく美人。』と書いてきました。
 いまごろ何を言うとるんじゃいと、私はもっと前に気付いていました。やはりファミリー劇場で「ウルトラ情報局」というコーナー番組があって、美川隊員役の西恵子がゲストで出てきました。その時点で、四十代後半くらいだったと思いますが、あんまり奇麗でびっくりしました。司会の鈴木繭菓が別の動物に見えたくらい。鈴木繭菓とは「ウルトラマンコスモス」で女子隊員をやっていた人です。ピンクパンダというバンドもやっていました。

 おばちゃんに見えたと言いますが、実は、南夕子役の星光子と同い年。ちなみに、北斗星児は山中隊員によく怒鳴られていましたが、高峰圭二と沖田駿一は同い年で裏では仲良し。ついでに、近野隊員役の山本正明は森次晃嗣と同い年で仲良し。
 では、西恵子と星光子は仲が良かったのか?映画斜陽期に日活に入り、そのままポルノ女優にされるよりは、怪獣女優と呼ばれた方がましという覚悟の西恵子。劇団(四季)の紹介でオーディションを受け、まさか変身するとまでは思わず、ウルトラ女優と呼ばれる将来を不安に感じていた星光子。その視線は別々の方向を向いていたと思います。
 邪推ですが…関かおりが撮影開始早々骨折したとき、南夕子役を西恵子にするという選択肢もあったはずです。そうならなかったのは、やはり映画で裸になっていたからではないでしょうか。そんな想像をすると、また西恵子が気高く見えます。

「ウルトラ情報局」での回顧談。美川隊員と言えば第四話「3億年超獣出現!」。私服の青い訪問着ですが、あれはこの回のために自分でデザインして、仕立て屋だったお父さんに作ってもらったとのこと。ものすごく良い話で、そのお父さんをウルトラシリーズの隠れた功労者として顕彰したくなります。しかし…視聴者が感じる一つの疑問を繭菓が代弁して尋ねました。「スカートが短か過ぎませんか?」西「そういう時代だったのですっ」
「エース」といえば迷走している感想があるのですが、時代が、日本が、迷走していたのです。総理大臣は田中角栄、あさま山荘事件は「エース」放送中に起こりました。

「エース」のメインライターは市川森一さんなのですが、橋本洋二プロデューサーと意見が合わず、最初しか書いていません。そのあとは、いろんな脚本家が思い思いに書いていきました。
 特撮現場も殺伐としていました。当時の円谷プロは怪獣ブームでものすごく忙しく「エース」は東宝映像に下請けに出されました。しかし、もともと東宝の子会社だった円谷プロの仕事を下請けせざるをえなくなった東宝映像側の気持ちはどんなものだったのでしょう。実際に東宝側のスタッフの本心を聴いた竹内博さんは、円谷一という人は、そういうところに配慮が無く鈍感だったと責めます。特撮美術を担当した鈴木儀男さんなんかは東宝の特撮スタッフにいじめられたそうです。

 迷走の果て…最終回になって、橋本プロデューサーは市川さんに書かそうとしたのですが、最初の設定がみな変更されていて、どうにもならなくなっていました。子供らに「仲良くしろ」とだけ言って、帰っていきました。あれしかなかったそうです。

 北斗星児と南夕子の本当の最後はどうなるはずだったのでしょうか。
 また、ヤプールとは何だったのでしょうか。英語表記ではYAPOOLですが、ヘブライ語ではYがJになります。多元宇宙の日本人ということか?キリスト教徒である市川さんには意図するものがあったはずです。それでいながら、企画書にはウルトラA(ウルトラマンA)は菩薩だとも書いています。世界を終らせるような壮大な叙事詩黙示録になっていた気がします。
プロフィール

ハヌマーン&さとる

Author:ハヌマーン&さとる
怪獣本・特撮書籍の蒐集。

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