シャドウナイト


 長坂秀佳シナリオ秀作撰さらば斗いの日々そして…四回目「キカイダー01」。最初から長坂さんが脚本を書いています。前回、「人造人間キカイダー」はテレビより漫画版の方が完成度が高いと書きました。漫画にも01は登場するのですが、最後までキカイダー・ジローが主人公です。ジャイアントデビル(アーマゲドンゴッド)も完成しますし、ハカイダーも最後まで存在意義を失いません。そして、ピノキオの絵本から始まったこの物語が、きっちりピノキオで終るのです。全六巻の単行本を友達に借りて読み終えたときの感動が忘れられません。何度も再販されるのですが二度と読みなおしていません。十代のときの感性で読まなければ意味が無い気がするのです。繊細であやういストーリーです。

 で…テレビ版「キカイダー01」は何度も何度も観返しています。前作「キカイダー」がガタガタした印象があるのは、開米プロの不細工なぬいぐるみロボットのヨタヨタ感から来ているのですが、「キカイダー01」ではその不出来なぬいぐるみを色を塗りなおして再使用しているのです。01の乗るダブルマシンも新車を購入せず、ジローが使っていたサイドカーの流用です。ハカイダー四人衆はもちろん、ハカイダーのアトラク用スーツ……。製作費をケチっている事情が画面からガンガン伝わってきます。実際、石油危機でロボットに入れるガソリンに困っていると嘆くセリフもあります。日本の怪獣ブーム、変身ブームを世界経済の潮流というマクロな視点で俯瞰する必要もあるかも知れませんが、怪獣ハウスではしません。

 一つだけ書いておきたいことがありました。「キカイダー」の予告編を読むナレーターがダークロボットのことを「怪獣」と言っています。実際の動物をモチーフに造られ、人間並みのAIを搭載したロボットは怪獣ではありません。ついでに…ハカイダーはサイボーグだと言っていますが、人間の脳を入れても、人格をオミットしていたらサイボーグと呼べないと思います。統制感の無さがテレビ作品「人造人間キカイダー」の弱点です。

 では、最初から長坂秀佳さんがメインライターだった「キカイダー01」が統制がとれていたのかと言うと、そうでもありません。行き当たりばったりに作っているようにしか思えないのです。ハカイダー四人衆は合体してガッタイダーというわけのわからない物になります。謎の女リエコは、それまでの経緯を無視してロボットだったことになります。緊張の糸を弛めることが許されない逃亡劇の合間にも、タイアップのホテルでは、温泉につかってほっこりして未開人のダンスを満喫します。すべりまくりの百地玩太はいつの間にか消えました。第19話では日本にいながらインデアンに襲撃されます。場所柄をわきまえず襲撃するインデアンにも過失はありますが、襲撃される側が疑問を感じないことが問題です。ガタガタとかヨロヨロという表現を超えた不条理です。それでいながら、子供向けのゆるいことをやっているわけではありません。第21話「吸血の館 美人女子寮の恐怖!」では強姦からの妊娠、出産を暗喩させています。

 その第21話の脚本は長坂さんなのですが、監督は今村農夫也という人。他の子供番組では見ない名前です。第20話から参加して、小林幸子がゲスト出演する35話や、ハカイダーが恋する28話などを演出して、最終回もこの監督です。

 前作「人造人間キカイダー」はストーリーや設定に破綻が見られても、服部半平役のうえだ峻とかギル役の安藤三男がいて、ドラマを支えていたのですが、「01」には、そういう俳優が存在しません。しかし、私が功労者として考えるのは、ハカイダーです。新組織シャドウが出現したときや、ザダム、ビジンダーらの新キャラクター加入時に、その存在理由は無くなっていたのですが、ついに最終回まで生き残っていました。キカイダーと対決していた頃の颯爽とした姿を思えば、無意味に生きているだけのハカイダーは痛々しくもあったのですが、それでもかっこよかった。「キカイダー01」が人気番組として語り伝えられるのはハカイダーの功績だった、というのが私の説です。
スポンサーサイト

サイドマシーン


 長坂秀佳名作集さらば斗いの日々そして…三回目は「人造人間キカイダー」。例のごとく伊上勝さんによって書き始められたのですが、新番組「仮面ライダーV3」の方が忙しくなり、後を長坂さんが書き継ぎます。実質上のメインライターになりました。ご本人は、乗っ取ったという言い方をされます。宿命的に「仮面ライダー」と比較されるのですが、作品としては上という評価で語られてきました。「人造人間キカイダー」くらい評価の定まった作品は無いかも知れません。評価の定まってしまった作品……良心回路の規矩から脱することができないジローのようです。

 「キカイダー」と言えばハカイダー。終盤に登場するこのキャラクターの功績で名作として完結します。しかし、ハカイダーが出てきたために、それまでのエピソードが全部三番叟になってしまったことは、作品として悲劇ではなかったか?という見方を提示した上で、ハカイダー以前のベストエピソードを選ぼうと思ったのですが、これも第11話「ゴールドウルフが地獄に吠える」という定番が決まっていました。長坂さんの脚本で、光明寺博士に造られた、キカイダーの兄弟ロボット。月光電池で動くゴールドウルフを演じたのは坂口徹郎!

 あと一つの悲劇的評価の定番は、漫画版の方がテレビより完成度が高いと言われていること。

ギタギタンガ


 長坂秀佳作品集さらば斗いの日々そして…二回目。ウルトラマンA第29話「ウルトラ6番目の弟」。「レオ」終了後の再放送で初めて見て、びっくりしたサブタイトルです。タロウ以外にそんなやつが存在していたことを知りませんでした。もちろん篠田三郎がゲスト出演した回ではありません。ウルトラ6番目の弟を自称する少年、その名もダン!混迷は深まります。しかも、南夕子がいなくなっての一回目。内勤が主務だった美川隊員が外回りをしています。脚本が書き始められた段階では、まだ夕子がいたのでしょう。
 準備稿のタイトルは「地獄からの招待」。地底人モノでした。今回の地底人の要求は、地下水をあまり汲み上げないでほしいという、交渉次第では、戦争を回避できそうなもの。ところが、完成作品では、ダン少年を新レギュラーにするための描写に尺を取られ、地底人との妥協点を探るというようなダルい段階はすっ飛ばして、エースとギタギタンガの対戦で決着をつけました。

 実は…「ウルトラ6番目の弟」の原案は、当時、特撮班の助監督だった神澤信一さんが提出した脚本でした。ウルトラマンシリーズによくある、ウソつき少年モノに分類することも出来ます。普段の言動が悪い問題児が、「怪獣を見た!」と言っても、初動段階では信用されず、後でやっぱり本当だったというパターンです。イソップ童話では、ウソつき少年は狼に噛まれて死ぬのですが、ウルトラマンシリーズでは助かります。
 しかし、神澤さんの脚本では、ウルトラ6番目の弟を僭称した少年は死ぬのです。これは、ウルトラマンの根幹の思想に触れる議題になります。
 子供の気持ちがウルトラマンのエネルギーに変換される「ティガ」の最終回、ウルトラマンが憑依する人間を乗り換えていく「ネクサス」を経て、弱虫の保母さんでも、ちょっと勇気を出したらウルトラマンになれるという「メビウス」において、ウルトラマンは誰でもなれるというのが、現状での結論です。それでも、現在特撮監督の神澤信一さんは、誰もがなれないからウルトラマンなのだという思想は変らないと言います。命を賭して国家や民族のために献身した人がヒーローと呼ばれるのですが、その身命を差し出してなお、なれないものがウルトラマンなのだと。

 そこまで敷居を高くするより、広く門戸を開いたほうが商品展開が有利なことはわかります。しかし、ゼットンを倒すために格闘技を始めたと公言する、北陽高校の前田日明大先輩は「最近のウルトラマンは子供に媚びとる」と怒っていました。
 私が一番しっくりくるのは、子供が怪獣で、大人社会の常識の体現者であるウルトラマンに懲らしめられるという実相寺昭雄さんや小山内美江子さんの見方です。実相寺監督の場合、だからこそ、窮屈な社会を怪獣的バイタリティーでぶち壊せというメッセージも込められているのですが、小山内さんのヤメタランスは、まったく母親的視点で、根気の無い息子の性根をウルトラマンさんに叩き直してやって欲しいという附託でした。
 その勉強しない息子とは、後の俳優、利重剛。母子の本姓は笹平さん。ヤメタランスに手を焼く宇宙人ササヒラーのネーミングの由来です。ついでに…ギタギタンガのネーミングの由来は、円谷プロと親交のあった劇作家唐十郎の息子で、後年俳優になりマルシアと離婚する大鶴義丹。

バルタン星人jr.


 特撮脚本家列伝。今回からは長坂秀佳編。もとよりシナリオテクニックについて解説することはできません。「長坂子供番組と私」というような個人的感想文になろうと思いますが、平成元年に朝日ソノラマから出版されたシナリオ傑作集からいただいて、外題は「さらば斗いの日々そして」にします。最終回は「快傑ズバット」になりますが、まずは円谷プロの仕事から……。

 新人時代の長坂さんが「快獣ブースカ」のために書いた脚本「ブースカついに入院する」は、ボツになりました。読んだことはありませんが、おそらくブースカが入院する話だと思います。採用されて映像化されたのはやはり新人市川森一さんの「ブースカ月へ行く」(…という脚本なのですがブースカは月へ行きません)。長坂さんが悔しがって市川さんを目の敵にし始めたのはこのときからだと云われています。

 市川森一さんは続いて「ウルトラセブン」でも才筆を揮うのですが、まだ長坂さんの登場はありません。円谷プロ作品で長坂秀佳の名前が初めて出るのが、帰ってきたウルトラマン第41話「バルタン星人jr.の復讐」。ウルトラマンに滅ぼされたバルタン星人の生き残りが仕返しに来る話です。ゲスト子役に、「タロウ」の白鳥健一くん役で有名になる斎藤信也が出演します。この人は先月取り上げた問題作「隼」にも出ています。
 バルタン星人は再登場、再々登場する度に外見が甚だしく違うので混乱しますが、やつらは昆虫人間なのです。多様化することによって環境に対応し種を保存する遺伝子戦略なのです。スペンゲル反射光も改造ではなく進化です。本気でサイボーグ手術をするなら「アンドロメロス」のメカバルタンになります。また、私の解釈ではジャンボーグAと戦ったキングビートルはバルタン星人に擬態した植物怪獣で、バルタン星人とパーツに共通点があるテンペラー星人は昆虫ではありません。

 バルタン星人については長坂秀佳さんと見解が異なります。バルタン星人には種の系統という価値観はあっても、親子あるいは近親という概念は無いはずです。かつてハヤタと対話したとき「生命」に相当する言葉を彼等は持っていませんでした。個人の生存権が尊重される民主的社会は作れないかわりに、世襲独裁社会も生まれません。したがって、バルタン星人が父親の復讐という個人的動機で行動を起こすことはないと思います。
 また、ドリー・ファンクの息子だからこそ、ドリー・ファンクjr.であって、個人名ではないバルタン星人の息子はバルタン星人jr.と呼ばれないはずです。

ウルトリア


 前回の続き。「ザウルトラマン」の企画時の仮題は「ウルトラマンⅢ(三世)」。再三の仕切り直しという意味もありますが、当時好評だったアニメ「ルパン三世」にあやかろうとしたのでしょう。Theの発音を指摘されたり、内山まもる先生の漫画と混同されがちな現行の題名より「ウルトラマンⅢ」の方がよかったかも知れません。
 「ウルトラマンⅢ」の企画が進行していた昭和52~53年はアニメブームと呼ばれていました。予算の問題という消極的理由もあったのですが、アニメという表現形式を選択したことは、将来を見越しての挑戦でもありました。ただ…特撮の雄ウルトラマンですらアニメになった時代―とブームの語り草にされる変な結果にもなりました。

 アニメブームについて…また聞きのまた聞きとして私が承知しておりますことは、あれは自然発生したムーブメントでもなくマスコミが仕掛けたアングルでもなかったということです。富沢洋子さんという、ものすごい行動力があって事務処理能力が高くて、なおかつ統率力がある一人の女の子が起こしたものだったと。この洋子さんが、系統立てたアニメの鑑賞法を、まずはクラスの友達から指導し、さらには全国規模に伝道させたのでした。

 また、この人は特撮も好きだったのですが、アニメで一杯で手がまわらず、そっちの分野は弟の雅彦さんにやらせました。すなわち、PUFFの富沢雅彦さんです。資料の収集、リストの整理、評論の書き方、同人誌の運営法を伝授しました。特撮ファンはアニメファンから分派しその活動を模倣したことになるのです。我らが池田憲章先生や開田裕治師匠でも足がすくむ御姉様がいたのです……

 さて、「ザウルトラマン」のアニメ制作は日本サンライズに依頼されます。円谷プロとは「恐竜探検隊ボーンフリー」からつきあいがあります。なおサンライズには経営的な事情で正社員のアニメーターはいません。実作をしたのはタツノコプロ出身の人が多かったそうです。そう言われれば、第一話でシーグラの群と戦うジョーニアスの動きは「破裏拳ポリマー」を彷彿させます。
 メカニックデザインの大河原邦男さんもタツノコプロにいた人です。放送開始日を見ると、同時期の日本サンライズの仕事である「機動戦士ガンダム」と並行してデザインワークが進められていたと考えられます。「ザウルトラマン」第11話に、地球防衛軍の大河原大佐という新兵器開発に熱心な技術士官が登場します。
 大河原さんは「ガンダム」に専念されることになったのか、途中で抜けられ、後任のメカデザイナーは河森正治さん。今回描かせていただいたウルトリアも河森さんのデザインです。放送当時おもちゃが発売されず、私はそれらしい形の模型を自作し悦に入っておりました。

 脚本は第1話「新しいヒーローの誕生」阿部桂一さん。過去のウルトラシリーズには参加されていませんが、「猿の軍団」などの円谷作品を書いておられるベテランです。ヒカリ隊員とウルトラマンの合体とともに、初めて科学警備隊編成の過程が第一話で描かれます。マルメが入隊を直訴するくだりが面白い。
 第2話は吉川惣治さん。この人が「ザウルトラマン」の事実上のメインライターです。アニメ業界では実績のある人で、スタートは虫プロのアニメーターでした。シナリオも絵コンテも描けるちょっとした手塚治虫先生です。吉川さんのイマジネーションによって宇宙スケールのウルトラ世界、またウルトラの国の様子が描写されました。あの時点でウルトラの国を表現する手法はセルアニメがもっともふさわしかったとおもいます。
 結論ではありませんが「ザウルトラマン」は吉川惣治さんの作品でした。
プロフィール

ハヌマーン&さとる

Author:ハヌマーン&さとる
怪獣本・特撮書籍の蒐集。

カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログランキング

FC2Blog Ranking